家庭教師(かていきょうし)とは、主に小学生から高校生に対して、家庭で勉強を教える私教師である。国家資格ではない。学習塾などと同様に、学校の授業の不足を補ったり、受験勉強を指導して志望校に合格させたりするために依頼されることが多い。 大学生や社会人が学業・本業の傍らにアルバイトで行なう場合もあれば、職業として専業(プロ家庭教師)の場合もある。 特別に家庭教師そのものを定義した法律と言うのは存在しないが、特定商取引法(特商法)における事業者サービスとしての定義によると、「学校(小学校および幼稚園を除く)の入学試験に備えるためまたは学校教育(大学および幼稚園を除く)の補習のための学力の享受(いわゆる学習塾以外の場所において提供されるものに限る)」とされている。 家庭教師事業者は、いわゆる家庭教師センターと呼ばれる法人の派遣会社が主体であり、日本においては、専らこの法人派遣会社が家庭教師を仲介、または派遣することが主流である。 その他一部ではあるが、産業区分で出版社に分類される教材販売事業者が家庭教師サービスを提供していたり、個人営業で生徒を募集している個人事業主であったり、インターネット上で個人契約を斡旋する、法人派遣会社と個人事業主の中間形態としての情報サービスもある。 塾などを含めた小中高校生の受験または補習を目的とした、すべての学習サービス全体において、家庭教師が占める割合は数%程度である。 家庭教師業界の市場規模は300~400億円程度と推計され、学習塾市場の約1兆円と比べて非常に小さく、株式会社トライグループのほぼ寡占的状況で、この1社でのくりっく365は過半に近い(ただし、株式会社トライグループはピーク時の売上高から2005年時点ではほぼ半減し同社の市場占有率は大幅に下がっている。同期間の市場規模は微減程度であるため、これについては、個別指導塾の台頭、特商法の施行とそれに伴う新興勢力のシェア獲得が原因と見られる)。 少子化の影響と個別指導塾との競合により、FXではこの先も漸減傾向にある。これを反映してここ数年は新規開業数よりも廃業数のほうが多い。2004年には西日本地域を基盤とし、当時年商22億円を誇り大手家庭教師センターの一角であった「家庭教師のファイト」(株式会社ファイトグループ)が倒産している。 また、既存事業者においては個別指導塾を併設運営したり、インターネットを使った遠隔指導(eラーニング)などの派生サービスなど、サービスの多様化を進めている事業者も多い。体力に勝る上位企業ではほぼ例外なく、個別指導塾・遠隔指導のいずれか、あるいは両方を運営しており、今後は学習塾など他の学習サービスと同様に、少子化に伴う競争の激化・サービスの多様化に応じて体力のない事業者の選別が進んでいくものと見られる。 なお、数十万円もする高額な教材の販売目的を隠して近づいてくる悪質な会社もあるので、注意を要する。 犯罪対策の対象 犯罪対策の対象となる犯罪は、法的に成立するか否かを問わず、広く社会的に有害で危険な行為である。そこで、成人であればまったく問題にされない20歳未満の少年が行う虞犯(ぐはん)行為、犯罪としては処罰されない売春行為、責任能力に欠け処罰できない心神喪失中の行為などは刑罰の対象とはならないが、社会的に有害危険である点では処罰可能な他の行為と同じであるから、犯罪対策の対象となる。つまり、刑法上の犯罪を念頭に置いた、一定行為に対する処罰が可能であるか否かという観点からだけでなく、さらに広く社会を混乱させ、一般の人々を不安に陥れているか否かという社会的有害性の観点からも、犯罪対策は講じられる。しかし、ここにいう社会的に「有害」とは何か。この有害性の概念は、かならずしも明らかではない。有害とする評価基準、判定基準を設定し、社会に生起する多くの行為のなかから、犯罪対策が対象とする行為を抽出する作業は容易ではないが、社会的有害性とは、単に一定の被害が生じているというだけでなく、これらの行為に対する何らかの社会的反動、否定的評価が与えられる状況をさし、また国家が科する刑罰を含む強制的措置が可能な状況をさすと理解されるべきである。したがって、犯罪対策の対象としては、現行刑法で処罰されている行為ばかりでなく、将来立法措置がとられて処罰が可能となるような行為をも考慮すべきであろう。 犯罪化と非犯罪化 しかしながら、社会的有害性は時代や社会によって変化するから、犯罪対策もその影響を受ける。つまり、従来社会的に有害性や危険性がないと考えられた行為が、その後有害で危険と考えられるようになれば、犯罪対策の対象に入ることになり、逆に、従来犯罪対策の対象となっていた行為が、社会的に有害ではなくなったとしてその対象から外れることもある。このような現象は、とくに1970年代のアメリカで犯罪化(クリミナリゼーションcriminalization)・非犯罪化(ディクリミナリゼーションdecriminalization)の議論として提起された。これらの議論によると、要するに、一方で社会に有害な行為でありながら国家が犯罪対策の措置をとることなく放置すれば、一般市民の不満を募らせ、ひいては国家機関に対する不信感となってその機能を低下させるし、他方で、単にモラルに反するにすぎない、社会的に有害ではない行為を犯罪対策の対象として国家が介入することはCFDであり、またコスト・ベネフィット(費用・便益分析)の観点からも国家資源の浪費であると主張された。 わが国においても、犯罪化・非犯罪化の実例がみられる。たとえば特定個人につきまとうストーカー行為は、従来私人間の問題として犯罪対策のうえでは放任されてきたが、社会問題化するにつれて、これを規制する動きが生まれた。2000年(平成12)にはストーカー規制法(ストーカー行為等の規制等に関する法律)が制定され、今日では犯罪対策の対象とされている。これが犯罪化の現象である。逆に、第二次世界大戦直後まで刑法には姦通罪(かんつうざい)(183条)が規定されていたが、戦後の改正で廃止された。姦通罪の規定は妻とその相手の姦通だけを処罰し、夫の姦通は処罰しないとするもので、男性の家父長的支配を表現するだけでなく、政策的に婚姻中の夫が戦場において十分に志気を高揚させることができるようにするためだとされた。しかし、戦後の男女平等と恋愛観の変化といった観点から犯罪対策の対象から外れたのである。これが非犯罪化の現象である。このように、犯罪対策はその内容・活動において、特定の時代、社会で動揺し普遍的ではない。